2010年11月03日

渡りに船

フレデリック・ショパンにはジョルジュ・サンド
羽柴秀吉には本能寺の変
アレクサンダー・フレミングには青カビ

こういうのを渡りに船というのかな。

ぼくにとっての渡りに船は、静かな部屋と暖かな布団

さて、ソクラテスにとっての渡りに船とは何だったのか。
プラトンはその出世作でソクラテスを英雄のように描いているが、ぼくはソクラテスというのはかなりの食わせ物のように感じる。
“英雄的”な行為というのは、すべてが“英雄的”な動機によるものではないのだろうな。
そういうのがこの場合あてはまるような気がする。


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2010年10月13日

ある朝の質問

今より若く電算部門を担当していたころは、元気もよく研究心向上心もある程度を保ち、無鉄砲なところもあった。コンピュータを使ってまだまだ仕事のやり方を改良できるのではないか、便利になるのではないか、販売力の強化に結び付けることができないか。そんなようなことを常に考えていた。小さな変更や少し機能が加わるようなシステム変更は、ほぼ独断に近い形で進めていた。会社はコンピュータから提供される情報で動いている。自分はまさしくその中心に位置して、自分が中心で会社が動いているというくらいの勘違いをしていた。だから、私が提出する「システム改善計画書」「コンピュータのレベルアップ提案書」などの類は議論を待たずに採用されて当然という気でいた。金がかからない提案には、糠に釘。金がかかる提案には、まず否定。社長や役員クラスも含めて上席者を小馬鹿にしていた。
ある朝私が出社すると「ちょっと専門家のきみに素人っぽい恥ずかしい質問なんだけど教えてくれないか。コンピュータはどうして速く計算ができるんだい。」ある役員がそんな質問をしてきた。コンピュータ関連のことなら立て板に水の如く答えられないと恥ずかしいと思っていたので頭をガンと殴られたような気がした。なんとか発声したのが「二進数による計算が普通人間が使っている十進数による計算よりも速いということと、コンピュータに使われている電気信号の速さによるところでしょう。」というような内容の言葉だったと思う。「ああ、そうかい。ありがとう。」と言って役員はさらなる質問を切ってくれたが、とても心から納得したような顔ではなかった。答えた私自身、まったく納得していなかったのだから。
確かに読んだ記憶はあったのだ。電気を全く使わない手回し式の計算機の話。リレー式の計算機の話。広場に大勢の人を集めて信号のオンオフに見立てて、号令でその人たちを動かして計算したという話。そういうことを含めて話をしなければおそらくその役員は納得しなかっただろうし、私自信納得できなかった。コンピュータユーザーの会社で実務をこなせばいいのだから、そんなことを知る必要などないのだと。そう思っていた。だが、ほんとうにそれでいいのだろうか。そんなことを考えた朝だった。

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2010年09月14日

黒の法話

学生の時の夏休み。ぼくの友達の遠い親戚に寺の住職だという人がいた。かなりの高齢で境内に繁茂した雑草を刈るのに難儀していたということだった。そこでぼくの友達に草刈りを手伝ってくれと白羽の矢が立ったらしいのだが、あいにく友達はすでに夏休み中のアルバイトが決まっていて行けなくて、ぼくになんとかならないかということで話が回ってきた。「なにちょっと草刈りして、煮炊きを手伝って、あとは文庫本でも持ちながらその辺の山の中を散策してればいいさ。おまえ最近仏教の本なんか読んで興味があるんだろう。法話みたいなものを聞かせてくれるよう頼んでやるよ。」という話だった。どうせぐうたらと何もせずに無為に過ごすよりは、体を動かして法話でも聞ければましかもしれないなと思ってその話に乗ることにした。
“法話”以外の寺での時間は友達の話の通りだった。適当に寺の仕事の手伝いをして、後は山の中を散策して。きままな時間が多かった。“法話”は4時から6時までの2時間、その寺にいた毎朝行われた。
“法話”の一日目。開口一番住職はこう言った。「きみは仏教に興味を持っていて法話を聞きたいということで承っています。でも私は法話はできません。その代わりにきみにこれから毎朝“体験”をしていただきます。」そういうことだった。「ここに仏像があります。この仏像を手本にして、きみに仏像を彫っていただきます。」そう言うと住職は直径10センチほどの丸太と大ぶりなノミを差し出した。そして手本だという仏像を指差した。こちらは直径30センチはありそうな丸太をナタか何かでガンガンガンと切り出したような仏像が立っていた。さてそれが本当に円空の作かどうか分からないが、今なら円空の作に似た仏像だと一言で言える像だった。それきり住職はその仏像の方に向いて座禅を組み瞑想にふける風合いだった。
“法話”の二日目。「さて像は彫れましたかな。なるほど。ふむふむ。」。こちらを彫ればあちらが彫りすぎだったというように、慣れぬ手つきで彫った仏像は失敗を矯正するために直径3センチくらいになっていて、しかも不格好で未完成。なんとか顔に目鼻があり、肩がここだと分かるような代物だった。住職は像の出来には何も触れずにこう言った「それではこの像をこの桶の染料につけて、まんべんなく表面に行き渡らせたら桶から出してください。乾いたようならまた桶につけて。それを繰り返してください。」それきりまた住職は“円空作”の仏像の方に向いて座禅を組み瞑想にふける風合いになった。
“法話”の三日目。「なるほど。藍色に染まりましたね。ふむふむ。それではこの像をこの朱で塗ってください。乾いては塗り乾いては塗り。一面を朱にするのです。」それきりまた住職は瞑想にふける風合いになった。
“法話”の四日目。「なるほど。一面朱色ですね。これは墨をにかわで溶いたものです。それではこの像を一面墨で塗ってください。」それきりまた住職は瞑想にふける風合いになった。
“法話”の五日目。「なるほど。墨で塗りつぶされて真黒です。」そういうと住職は自分と僕との間にその像を置いた。「どうか楽な格好で。この像をじっと見つめるのです。」それきり住職は僕の作った像を見つめて座禅を組み瞑想にふける風合いになった。夏のことで、外はもう明るくなっていた。しかし庫裡のなかには日差しが届かず明かりもなかった。ほの暗い庫裡に置かれた僕の像。ときにその薄暗がりに吸い込まれ、ときにその薄暗がりに抗しているようにも見えた。「黒。の語るもの・・・。なに。」そんなことが心に浮かんできた瞬間、「かぁつ。その像を後ろに投げよ。きみがこの山門をくぐったときに持っていたものだけをまとめて帰るがよい。手伝い御苦労。楽しい体験じゃったぞい。」住職は叫んだ。それきり住職は唖然として荷物をまとめる僕を背に再び瞑想にふける風合いになった。

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2010年09月06日

お預かりいたします

商売で販売代金を受け取って、「お預かりいたします。」と発する。商売の金なのだから自分のポケットに入れることはできない。でも、お金が回りまわっているのだなということを肌で感じる。これが実に清々しい。いっそのこと何でも「お預かりいたします。」ということにしてみると、人生が非常に清々しいものになると思う。

プレゼントをもらった。    「お預かりいたします。」
給料をもらった。       「お預かりいたします。」
注文していたものが届いた。  「お預かりいたします。」
渡した方は、面食らうかな。

就職した。          「お預かりいたします。」
子供が生まれた。       「お預かりいたします。」
自分がいる。         「お預かりいたします。」
さて、自分を預かるとはどういうことになるのかな。自分を猫ババするとはどういうことになるのかな。

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2010年08月29日

滑走路

赤トンボは群れになっていてもぶつかることはなく、気持ちよさそうに飛んでいる。あたかもそれぞれの極楽を謳歌しているかのように。
居酒屋のカウンター席に座る。ママのお酌に始まり、天気の話、近況報告。次第にカウンターが埋まってきて、つまみも出てきて、お通しもあらかたなくなり。さて二、三杯目あたりになると、あいつどうしたから、ニュースの話題、趣味の話題など、ママやバイトの子なども混ざって、カウンターに話の花が咲く。杯を重ねるうちにカラオケが始まり、艶話なども出てきたりして、居酒屋の夜は更けてゆく。
そのじいさんは、いつも自分のボトルを見つめてひっそりとほほ笑んでいる。あたかも極楽を謳歌しているかのように。ぼくはその笑顔を見るのが好きだ。ほかのお客さんに話しかけられた時の笑顔がまたいい。ぼくはそのじいさんとまともに話したことはないが、そのじいさんの横で飲んでいると羽が生えた気分になる。
さて、居酒屋の風景から無駄なものをそぎ落としてゆく。最後に残るのは、なに。

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2010年08月21日

風のおと

ジャーでは重すぎる。シャーでは単純すぎる。ルルーではきらめく感じが足りない。いったいぼくは・・・。先ほどからそんなことだけが、ぐるぐると廻っている。そういえば自転車が惰性の乗り物だとは、だれから聞いたのだっけ。あまりにも平坦で。あまりにも真っ直ぐで。ぼくが起こした風だけに包まれているものだから。たとえば、ビー玉をかき混ぜる音。たとえば、トンボの飛ぶ羽の音。たとえば、・・・。
ベートーベンは・・・、
作曲をした。
聴覚を失って、なお。
どこに、あったか。どこから、きたか。
リールとはよく言ったものだ。りるりるりるりる。やっぱり違う。もう着いちゃった。その先の岸辺まで行きたかった、のに。



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2010年08月11日

昆虫の知覚

葉蔭にじっと止まって越冬していた蝶が、たまたまの陽気に飛翔する。その冬の蝶が知覚しているだろうこと、そのことを想像するとぼくは広大な夢をみる気持ちになる。そして乳児のころには当たり前だったであろうその知覚に埃を積もらせて生きてきたのだと、これからもそうして生きていかざるを得ないだろうと、そのように思い直して、広大な夢をみる気持がしぼむのである。

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2010年08月02日

ほっこりの心理

大人同士の会話で存在を忘れていて、「あれっ、そういえば子どもはどうしてたっけ。」と思って探すと、部屋の隅の方で一人でおとなしく遊んでいる。近づくとぷうんと臭いが。おむつを開けると案の定ほっこりと。結構よくある話だ。部屋の隅で隠れるようにしていつの間にかウンチをしている。これはどういうメカニズムによることか。心理メカニズムによるところが大きいと思えるのだが。心理メカニズムによるとしたらその心理は生のままの心と言えるのだろうか。そもそも生のままの心とはどういうことか。心理とはなかなかつかみどころのないものだ。

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2010年07月28日

写し絵

彼女はよく占いをやった。はじめは興味がなかったぼくも、いつのまにか目の前でやる彼女の占いを手伝ったりするようになっていた。
彼女が墨を磨る。その墨を筆の先につけると、水に垂らした。その水面にぼくが紙を張り、水面にできた墨の複雑な模様を写し取る。紙を水面からはがして反転させて、古新聞の上に引き伸ばす。
「あっ、おおいぬよ。」
「あっ、おおぐまだ。」
彼女がつぶやくと同時にぼくもつぶやいた。今まで彼女の見立てに口を挟んだことはなかったが、つい口をついた。はじめて二人で旅行するのにどこが良いかという占いだった。
「これはおおいぬね。しっぽの伸びた感じも、耳が垂れた感じもいぬだわ。だから南の方に行くのがいいわね。」彼女はぼくが言葉を発したことに少し驚いたようだったが、構わぬようにそう言った。
ぼくのつぶやきをまるで無視するかのように言葉を継いだ彼女に少し気に障ったのと、からかってやろうかなという思いが入り混じって、「これはどう見てもおおぐまだよ。がっしりとした前足の感じもそうだし、きみがしっぽに見えると言ってるところも、ほらっお尻の輪郭の一部だよ。だから北の方に行くのがいいな。」ぼくは言った。
「あらっこれはやっぱりおおいぬだわ。それにどうしておおぐまだから北なの。」そう言った彼女の言葉には、ぼくが占いに口を挟んだことが気に障ったのか、語尾に詰問調がこもっていた。
「おおぐま座は北極星を指してるじゃないか。だからおおいぬが現れたということは、きっと北がいいという意味だよ。」彼女の詰問調にあわせて、ぼくも向きになった風にそう答えた。
「あらっおおぐま座なんて夏の暑い盛りの花火大会の花火の合間なんかに見るものだわ。だからおおぐまだから北じゃなくて、おおぐまだから暑いところに行くっていう意味よ。」彼女の言葉に熱が入ってきた。
「へぇきみは、おおいぬじゃなくておおぐまだって認めたんだね。それに、そのうえでおおぐまだから暑いところに行くのがいいなんて屁理屈捏ねて。」ほんとうの気持とは裏腹に、彼女をとにかく言い負かせてやろうという気になってきた。
「あらっ私は仮におおぐまだとしても、暑い南の方がいいと言っただけよ。あくまでもおおいぬだから南なのには変わりないわ。」彼女も後には引けないという感じでそう言った。
「きみの言い方からするとおおいぬだから寒い北の方ということにもならないかい。おおいぬ座は寒い冬の帰り道なんかにぶるぶる震えながら探すものだよ。」ぼくも後には引けない。
「あんまり言いたくはなかったけど。確かみなちゃんも北の方に旅するって言ってたわよね。一日だけフリーで歩き回ってどんな写真が撮れるか競争しようなんて言ってたけど。どんなことがあっても北の方がいいなんて、もしかして何かあるのかなぁ。」彼女の言葉にはトゲが含まれ、そして目には探るような感じが含まれていた。
「何を言い出すんだよ。言っていいことと悪いことがあるぞ。それなら俺も言うけど、きみだってよしおが南の方にアルバイトに行くという話しを熱心に聞いてたし、写真で競う話も乗り気だったじゃないか。きみの結論は、占いなんかしなくても、はじめから南だったんだ。」ぼくは言い放った。
「あらひどいわ、謝って。」
「きみこそ、謝れよ。」
「あなたこそ。」「きみこそ。」
「あなたこそ。」「きみこそ。」
それきり旅行の話は中止となって、二人は不機嫌なまま分かれた。
その後何度か二人で会うこともあったが、会話は通り一遍のことに終始して、会う間隔も次第に長くなり、いつの間にか彼女はぼくでもないよしおでもない、他の男子学生とキャンパスを歩くようになっていた。

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2010年07月21日

風を感じて

吹く風になにかが棲んでいると感じる皮膚感覚は、足の裏でどれだけ大地を感じながら歩いているかということで日々進化もし、退化もする。理性の退化だと人は言うかもしれない。しかしそれは逆だ。感覚を疑い、理性を研ぎ澄ましたからこその逆転現象だ。ぼくの現時点での後半生このかた概ねこの感覚は進化する方向であったことは確かなようだ。吹く風を感じる“とき”は決して流れない。

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2010年07月15日

息泥棒

息泥棒というのがいるらしい。

たとえば。
ちょっとした出来事で呼吸を忘れてしまう。
乾いた唇と唇の間からふっと息が吹き出して我に返り。
その後目頭が熱くなったというような。
そんなときの息は高級品。

けれども。
会話に伴う息でも。
黙って活動しているときの息でも。
ため息でも、寝息でも。
どんな息でもかっさらって行くという。

息泥棒はかっさらった息をこねて、なにかをこしらえているらしい。
こしらえたものを適宜使っているともいないとも。
いったいどのように使うのか。
いったいなにを企んでいるか。
現在調査中。

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2010年07月08日

黒いしみ

目覚めたものの、なんとなく体が重かった。布団の上に再び横たわると、大の字になってまぶたを閉じた。重いまぶたを再度こじ開けたときには、天井のしみがはっきりと見分けられるほど明るくなっていた。スタンドの明かりを頼りに、眠れぬ夜に視線でなぞった見慣れた天井のしみ。その一点に見慣れない真っ黒なしみができていた。そう思ったらそのしみが天井を動き始めた。そして考える間もなくそのしみがこちらに向かって落ちてきた。手で払いのけようとすると、まるであざ笑うかのようにまた天井めがけて帰っていった。ぶぅぅんという音を残して。そうか蝿か。いつの間にか蝿が部屋に入り込んでいたのか。
それにしても重い。まぶたも、頭も、手足も。蝿を払いのけようとして顔を背けて空振りをして、そのままの形で眠っていたようだった。次に目を開けたときは西日が部屋に射していた。オレンジ色に染められた天井に、黒々とあの蝿がまだ止まっていた。えぃ、なんだあいつは。人をあざ笑うみたいに。癇癪を起こして叩いてやろうと立ち上がろうとした、ところが体を支えようとした腕がガクリときてそのまま布団に倒れこんだ。相も変わらず体は重いのだが癇癪を起こしたおかげでどうやら意識が高ぶって目はさえてきた。とは言え夢か現か分からぬ感覚で、手足は相変わらず重いまま。
―ずっと蝿を眺めていた。奴はあれ以来一度も飛ぶことはなく、天井をひとしきり這いずり回ったと思ったら、ずっと動きを止めて。羽をもぞもぞ動かしたり、手足で顔を洗うようなそぶりをしたり。それを眺める以外には、思考も手足も働かなかった。夜の間は目がさえて蝿を眺め、明け方になるとまぶたが重くなり、天井がオレンジ色に染められるころになって目が覚めた。
蝿を眺める夜を何度過ごしたか、外が白み始めてきた。今日は何日だっけ。やっとそんなことに頭が回るようになってきた。枕元のラジオの電源をオンにする。音楽の後にDJの声が入った「今年は空梅雨で、昨夜の七夕も・・・」。そうかするともう8日になるのか・・・8日といえば、なにかあったような・・・。あっ思い出した。彼が帰省する日だ。預かっていた彼のアルバイト代を渡さなければ。
耳の中がもぞもぞした。ぶぅぅんという音。真っ黒な蝿が窓から飛び出していった。唖然として蝿が消えていった窓の方角を凝視していた。そのぼくの耳に入ったのは、「おはようございます。7月5日月曜日午前6時のニュースの時間です。」というラジオからの声。

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2010年06月30日

徹夜麻雀後始末

まったく。やってられやしない。そもそもあそこで上がっておけばよかったんだ。安いからと思って当りを見逃したのが運のつき。次の局で一発逆転の倍満を聴牌って、意気揚々と三枚目の風牌を切ったらつまらない七対子なんかに当てちゃって。次の半荘は焼き鳥の大負け食らって。さて帰ろうかと思って案の定雨が降っていたまでは仕方がないが、大風で傘の骨が折れてずぶ濡れになって部屋にたどり着いて。震える身体を拭いてなんとか眠りに入ったと思ったら、「あんたが野良猫を飼ってたんだね。」大家が怒鳴り込んできた。「そんなの知らない。別の部屋でえさをやってた猫だ。一度だけ夜戸口のところであんまりうるさく鳴くから部屋に入れたやっただけだ。」いくらそう説明しても頑として聞かず、延々一時間も説教された。やっと熟睡して、目が覚めたらもう暮だ。やれやれ、今日も太陽を見なかった。
―講義日程はスカスカだし卒論の実験は終わったし。「小人閑居して」とはよく言ったもんだ―
今夜は麻雀の誘いが来る前にどこかで憂さ晴らしに一杯飲もう。そう思って外に出た。

安酒場でちょいと引っ掛けて。そこそこいい気分になったけど。でもまだ帰るには早い。麻雀の面子集めの佳境の時間だ。少し遠回りして帰ろうか。そう思っていつもと違う道をぶらぶらと歩いていた。川沿いまで来ると何軒かプレハブ小屋が並んでいて、それぞれ酒の看板を出していた。そのプレハブ小屋とプレハブ小屋の隙間に、どうやって建てつけたのか木造りの扉があった。プレハブ小屋の酒場の並びで気安い感じがしたのと、その重そうな扉に引かれたのとで、一杯加減も手伝って考える前に扉を開けていた。

酒場かなと思って入ったのだが、ずいぶん様子が変わっていた。小さな椅子が向かい合って置いてあるのが影の形でなんとなく分かる。他には何もない。なぁんだと思って引き返そうとしたら「せっかく来たのに帰るというのかい。」と暗がりの奥からしゃがれ声。よく見るとと老人が立っていた。老人は向かい合わせの椅子の一方に座ると「せっかくじゃから座っていきなさい。わしにはきみのすべてが見えるんじゃ。」もう一度言葉を繰り返してもう片方の椅子を指した。こんな爺さんと話したってしょうがないじゃないかと思ったが、『ぼくのすべてが見える』だなんて、おかしなことを言う爺さんだと思って少し気になった。ぼくが椅子に座ると爺さんはこう言った。「きみがわしと出会ったのは、運命じゃろうか。宿命じゃろうか。」
―何を言ってるんだ。この爺さん。運命だとか宿命だとか。面倒なことに巻き込まれなければいいけど。まあこんなところに来てしまったのは運と言っていいのかな。でも運命なんてほどのことでもないよな。もっともこの爺さんが何やらとんでもないことを仕掛けてきて、後々に影響すれば運命かもしれないけど。でも運命と宿命とはどう違うのかな。―
「偶然ここに来たけどそれは何かの巡り合わせで、運命というほどのことではないさ。偶然ということなら考えられるけど、あらかじめ自分の行く末が決められているということが運命だとしたらそんな運命なんて信じないよ。だからあんたに出会ったのは運命ではないさ。それに宿命ってのはなんだい。単に運命という言葉を置き換えただけかい。そんなことも知ったこっちゃないさ。」ぼくはこう言った。

「ほほほ、さすがにお若いだけあって元気じゃな。」老人は懐から透明な玉を取り出した。よく占い師が使う水晶玉のようなものだが手のひらにすっぽりと納まるくらいの小さな玉だ。「ほれっここに。この玉にきみのすべてが映るのじゃ。きみは運命を信じないと言った。なかなか勇ましいな。じゃからこの玉はこうしよう。」そう言うと老人は玉を天井めがけて放り投げた。と思ったら天井にぶつかる気配もなくそのまま消えてしまった。

夜風が頬を撫でていた。遠くの街頭が薄明るく照らし、爺さんもろとも辺りの建物は消えていた。夜空の一点を凝視して、ぼくは河原の石にぽつねんと腰かけていた。
どこか遠くで声がした「きみは必ずあの玉に出会う。その意味をよく考えることじゃ。運命に翻弄されるか、運命と決別するか、さてきみはどちらを選ぶじゃろうかね。」

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2010年06月22日

山なし老人

どうやら道を間違えたらしい。これだけ歩けばそろそろ尾根に出て眼下にふもとが開けて見えるはずなのに。だらだら道の上り坂がまだ続いている。折からの雨。それだけならまだしも風が北側から吹き付けて、体温を奪う。どこか風だけでもしのげる場所があれば。重い足を引きずって日も暮れようというころ、薄暗がりに見つけた小屋に転がり込んだ。

目の前に佇んでいたのは一人の老人。「はてさて、こんなところに珍しい客人もあるものじゃ。」そう言ってぼくを迎え入れた。「せっかくじゃから、少し楽しませて進ぜよう。」老人はそう言うと一枚の白い紙を取り出した。「きみにとっては消えるということ。」そう言うと持っていた紙に息を吹きかけた。すると老人が持っていた紙が目の前で消えた。「じゃがわしにとっては裏表が入れ替わるということ。」そう言うと手のひらにふっと息を吹きかけた。すると老人の手にはいつの間にか黒い紙がつままれていた。「そんなことってあるじゃろうかね。」そう言った。

「まあ今のは震えながら足を引きずってここにたどり着いたきみには何の足しにもなりはせんな。」老人がそう言うと、今度はいつの間にか山なしの木が目の前に立っていた。老人は山なしの実を一つもぐとぼくに渡してこう言った。「きみにとっては一つ実がもがれて木が残るということ。じゃがわしにとってはその実をもぐことで木が全部なくなるということ。そんなことってあるじゃろうかね。」言い終わるか言い終わらないかのうちに山なしの木もろとも老人は消えた。

小屋の隙間から光がさして重い瞼をこじ開けた。いつの間に眠っていたようだ。するとおかしな老人との出来事は夢だったのか。そう思ったら胸にあてていた手から何かが転げた。山なしの実。考える余裕はなかった。のどの渇きと飢えと。ぼくは山なしの実にかじりついた。一かじりで渇きが癒え、もう一かじりで飢えがなくなり、もう一かじりで歩く力がみなぎってきた。山なしを平らげると、ぼくは小屋をでた。尾根に出る道を見つけるのはたやすかった。ふもとの村にたどりつくと何やら人が集まって忙しく動き回っていた。話によると、昨夜この村の長老が身罷ったということだった。そしてこんなことも聞いた。長老は最期に謎めいた言葉を残したという。「なくなるのはどちらじゃ。」

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2010年06月17日

砂浜遊戯

かき集めた砂山のてっぺんに棒をさして、順番に砂をのけてゆく。
「棒を倒したら負けよ。どうしてもらおうかな。どうしようかな。」
同い年だと言うけど、ぼくより数段大人びたみよちゃんは、不思議な笑みを浮かべてそう言った。
棒を支える砂山が次第に頼りなく、小さくなって、何度目かのぼくの番。
みよちゃんが「ねえ」と言ってぼくの手を押さえた。
視線の先に、砂浜に残された波の跡。
いつの間にか、ふたりの山の近くまで波が迫っていた。
「崩しちゃだめ。」みよちゃんは手を押さえたままつぶやいた。
ふたりは寄せては返す波を横目に、砂の山を見つめた。
動けなかった、話もできなかった。
ざざあん、しゃぁぁ、ざざあん、しゃぁぁという音が、波だけは動いているのだとふたりにささやく。
やがて大きな波が寄せて、砂山が海に浮かんだ孤島のように波に囲まれた。
そして、ふたりの膝と手を洗って返していった。
砂山は無事だった。
次に大きな波が寄せたときは山の片側が半分崩れた。
棒が傾いて踏みとどまった。
息を忘れて思わず深呼吸をしたのが何度あったろう。
次の大きな波で山はすっかり波に沈んで、返す波に棒が流れていった。
「波が棒を倒したから、海の負けよ。」みよちゃんは、いたずらっぽい目をしてそう言うと砂浜を駆けていった。

ある夏の夕暮れ、浜辺で出会った女の子との記憶。
なぜか刻々崩れる砂山の姿だけはいつまでも刻銘に憶えていたが、「みよちゃん」のことを思い出したのはつい最近のこと。

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2010年06月09日

花火の後に

村の広場のはずれ。見世物小屋も夜店も途切れて、ここらで引き返そうかと思ったら呼び止める声。「おや、これはこれは。どうですか。楽しい迷路ですよ。今日始めてのお客さんだから、特別にお金は要りません。」そういうとおじさんが無理やりぼくの手に半分ちぎった券を握らせて小屋に押し込んだ。
前を見ても後ろを見ても、右を見ても左を見ても。ぼく、ぼく、ぼく・・・。ぼくは無数の“ぼく”に囲まれている。やみ雲に進もうとすると、冷たいぼくが目の前に寄って壁になる。これは一体どういうこと。左の手の平で額の辺りを押さえて、しゃがみこむ。そのまま床に尻餅をつくかと思ったら、右の二の腕が何やら冷たいものにぺたりとくっついて踏みとどまった。反射的に振り向いて見るとぼくの顔。しばらく考えて、ようやく合点がいった。そうか、あたり一面鏡に囲まれた部屋に入れられたのだ、と。
ゆっくりと立ち上がって指先で鏡の面をたどってゆく。すると、すっと指先が空を切った。どうやらそこは鏡がないらしい。なるほど少し落ち着いた目で見るとそこにいる“ぼく”は、次の鏡の小部屋に映っているぼくだった。次の小部屋もあたり一面鏡に囲まれていたが、一箇所だけ次の小部屋に通り抜けられるようになっていた。そうか確か「楽しい迷路」と言っていた。ぼくの頭の中に蜂の巣が思い浮かんだ。鏡が壁になっている蜂の巣状になっていて、小部屋の一面だけが次の小部屋に通り抜けられるようになっているんだ。
状況が分かって気分が落ち着いた。後は一つ一つの小部屋を通り抜けていけば、そのうち“蜂の巣”の外に出られるだろう。指先で鏡の壁をたどりながら、その指先が空を切ったところで次の部屋に通り抜けていった。四つ、五つ、六つの小部屋を通り抜け。もう十や二十くらいの小部屋を通り抜けたろうか。まだまだ。一体いくつの小部屋を通り抜ければ出られるのか。さっきから村の広場のはずれからはずれまでを歩くくらいはとっくに進んでいるはずなのに。
不安になるにつれて歩くのが速くなり。そして指先で壁をたどるのももどかしく。ぼくはやみ雲にあっちへ進み、こっちへ進み。次の部屋に進めることもあれば、でもそれは幸運で、(もしかしたら戻ってる)。大抵は“ぼく”にぶつかり後ずさり。前を見ても後ろを見ても、右を見ても左を見ても。ぼく、ぼく、ぼく・・・。頭のなかも、ぼく、ぼく、ぼく・・・。重い、重い、押しつぶされそう。とうとうぼくは、へたれ込んで気を失った。
ドーン、バチバチバチ。祭りの最後を飾る花火の音が聞こえた。ドーン、バチバチバチ。今度の花火はしっかりと大輪を咲かせるところを見た。夜風がほてったぼくのほおを撫でている。一体なぜ広場からこんなにはずれたさびしいところで寝転んでいるのか。とっさに思い出せなかった。今年の祭りはみんなとはぐれてから、なんとなく終わっちゃったな。そんなことを思いながら家路に着いた。
次の日の朝、昨夜穿いて脱ぎっぱなしだったズボンのポケットに小銭入れを入れたままっだたのを思い出して、ポケットに手を突っ込んだ。ポケットから出てきたのは小銭入れと小さな紙片。その紙片には「ようこそ宇宙へ」と書かれ、そして嫌な感じの老人の顔が描かれていた。ただ描かれているのではなく、小さな老人の顔に陰影がつけられて、それが集まって大きな老人の顔になっていた。小さな老人の顔はさらに細かい老人の顔様のドットからなっているようだった。ぼくはその紙片が直感的に忌まわしいもののように思えて破り捨てた。
その後思春期になり、ぼくは文庫本の「ファウスト」を手にした。その表紙の口絵に何やら老人が。あっ、思わず文庫本を落としそうになった。翌朝見た半券に描かれた老人の顔。子供のころの祭の夜のことの一切を思い出した。とりわけ鮮明に思い出したのは、花火が散った後に輝く星屑が妙に近くに見えて、そして妙な浮遊感を感じていたことだった。

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2010年06月02日

埋もれる土器

こぐまの尻尾 さそりの心臓
勇者のつま先 女王の首筋
ぽっと灯る輝き
流れを手の平に受け止めて
掬い上げては もう一方の手の平を合わせて
まぶたを閉じれば 簡単にできること
いまぼくが掬い上げるものは
指と指の間をさらさらと流れ落ちるばかり
まぶたを開ければ 見えるのは砂の山
だれかが捏ねた(どうやって)
土器があたりに転がっている

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2010年05月26日

とんとん

とんとんとんとん きゃべつをせんぎり
とんとんとんとん きゃべつをみじんぎり
とんとんとんとん もっともっと
なにをきってた
とんとんとんとん
あおいひかり あかいひかり みどりのひかり
まっしろになったところを えぃ
とんとんとんとん きゃべつのせんぎり
たべちゃった

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2010年05月19日

青い光

お父さんお母さんにはあれが見えないのだろうか。毎晩窓の外から窺っている目の光。瞬きもせずに青い光を発してじっと見ている。あれはケルベロス。隙あらば、きっとぼくらを一飲みにしようとしているに違いない。だからぼくはずっと見張りをしているんだ。
やっと小太郎が寝てくれたわ。じっとあの星を睨んでなかなか寝ないのだもの。もしかしたら私と同じ霊力があるのかもしれないわ。あの星の霊力を受けて私は生きている。たった一人でお祈りをしながら霊力を受けないとすべてが壊れてしまうのだわ。それなのに主人ときたら。
また二人ともしょうがない。またソファで寝てしまって。工場の光を怖がったり有難がったり。小太郎をベッドに運んでいくのはともかく、さすがに妻は。寝かしたまま運ぶのは往生だし、起こしてもそのまま毛布を掛けてやっても不機嫌だ。それにしても、工場の夜景もまんざらでもないな。特にあの青い光は。

街の裏小路の古道具屋に入ったのまでは確かに覚えていた。古道具屋のおやじが箱をぶちまけて何やら青く光るものを摘み上げて。すうっと吸い込まれるようにして・・・。気が付いたら公園の芝生に寝ころんで。いつもの休日の午後だった。

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2010年05月12日

むすんでひらいて

むすんでひらいて手をうってむすんでまたひらいて手をうってその手を上に
むすんでひらいて手をうってむすんで

まず先生が歌いながら手をむすんだりひらいたり、手をうったりしてお手本を見せてくれた。ぼくは、先生が手を上に上げたところでくしゃみをした。みんなで“むすんでひらいて”が始まった。ぼくも“むすんでひらいて”。ところが手を上に上げたところで、衝動に駆られて走り出した。先生に席に着かされて、“むすんでひらいて”のやり直し。ところが手を上に上げたところで、再び衝動に駆られた。しばらく後、ぼくは教室の外でぼんやりと滲む青空を眺めていた。

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