2005年10月24日

蓑虫(みのむし)

野菊のように小寒い風に吹かれながら凛としてただそこに在りたい。
そんなことを思う私ではある。
でも実際に吹く風が冷たくなってくると、
蓑虫みたいに暖かい衣を身にまとい、
ぶらぶらとゆりかごに揺られるように夢のなかで瞑想にふけっていられたらな。
なんてついつい楽なほうへ思いが行ってしまう。

枕草子より

蓑虫、いとあはれなり。鬼のうみたりければ、親に似てこれも恐しき心あらむとて、親のあやしき衣ひき着せて「今、秋風吹かむをりぞ、来むとする。待てよ」と言い置きて逃げて去にけるも知らず、風の音を聞き知りて、八月ばかりになれば、「ちちよ、ちちよ」と、はかなげに鳴く、いみじうあわれなり。


私の場合は父に置き去りにされたのではなく、私が父を置き去りにした。
だから「ちちよ、ちちよ」と鳴くことはない。
そのかわりに「ばーか」とつぶやく。

見舞いに行ったその病室に、父はいなかった。
ベッドの脇の整理用の引き出しをちょっと開けてみる。
奥のほうから出てきたのは何とタバコ。
これから肺癌の手術をするために入院しているというのに。
「だめな親父だなぁ」と思う。
しばらく待って戻らないので病室から出てみると、
エレベーターから骸骨のようにやせた父が見知らぬ人の車椅子を押しながらやってくるところだった。
ちょっと驚いたような、困ったような顔をして、
「やあ。よく来たなぁ。」と私に声をかける。
「この人ね、エレベーターでボタンを押しづらそうだったから。それから仲良くなったんだよ。」父が続ける。
「自分が骸骨みたいにひょろひょろになって、それでもこれかよ」
くるくる回る人のよさそうな瞳を見つめて思う。
形通りの挨拶をした後、残った親子は自販機のコーヒーを飲む間だけ、これまた形通りの話をして別れた。

父と話をしたのはそれが最後だった。
夕方から始まった手術は時計が翌朝を示す時間まで続いた。
手術室から出てきた父に医療スタッフが大声で呼びかけていた。
そして「ご家族の方も呼びかけてください」と言った。
私も父に呼びかけた。
そして父がちらっと目を開けて私のほうを見たような気がした。
私はそこで医療スタッフがまだ呼びかけているのに、それを後にして家路を急いだ。

ぽつり、ぽつりと母が語る父の話。
幼少のころの父の思い出。
成人してから何度か会った時の父への印象。
そんな様々なものが心の中で混じり合い、
それが蒸発して残った結晶が光りを帯びてくるのを覚える。
父とは様々ないきさつがあり、縁が薄かった。
幼少のころの記憶から父を嫌悪しているところもあった。
しかし今は結晶となって残っている父を思うと、自分はなんて父に似ているだろう?と思うようになり、
さらに今こそ私は父と生きているんだなあ、そんなことを思うようになった。

だから、私は「ちちよ、ちちよ」と鳴くことはない。
そのかわりに「ばーか」とつぶやく。
posted by はまべせいや at 17:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 季語に思う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
せいやさん、こんばんは。
不器用な生き方しか出来ない
そんな父子のお話のよう・・

縁が薄かったという お父様の存在の筈なのに
心に ぽっかりと空いてしまった穴は
思いのほか 大きくて
「ばーか」と つぶやくことで
平常心を 保っているような・・。
勝手に そう感じただけですけどね。
Posted by うさこ at 2005年10月25日 00:17
長い間私にとって父といえば反面教師でした。
でも父がこの世から消えて以降、
その笑顔がことの他大きく私の心に浮かんでくるようになりました。
今では父のあのくしゃくしゃな笑顔を超えることが私の目標です。

でもやっぱり父には「ばーか」な部分があって、
その父にどことなく似ている自分も「ばーか」で、
あの手術の後いてやれなかった私も「ばーか」なのです。

父のことを思って、私は「ばーか」とつぶやきます。


Posted by せいや at 2005年10月25日 05:18
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