2005年10月10日

蛬(きりぎりす)

アスファルト上ですべての日常生活がまかなわれる毎日。
周りに土があることなんて全くと言っていいほど忘れている。
9月から確か去年の記憶では11月いっぱいぐらいまでだったろうか?
身の回りにむき出しの土が出ているところはやっぱりあったんだなぁ。
朝に夕にそんなことを思い出す季節を迎えた。
それを思い出させてくれるのはきりぎりすかこおろぎか?
この季節に鳴く虫たちである。
コンクリートジャングルの私の身の回りでも、
「どっこい生きてるんだよ」と主張する彼らに小さな賞賛を送る。
きりぎりすと言えば、「ありときりぎりす」なんていう話があった。
こんな話はいかがだろうか?

贋作「ありときりぎりす」

春とはまだ名ばかりで、薄ら寒い早春から額に汗し、
暖かくなってからは、なおいっそう額に汗し、
長雨の季節は流されないように、皆で手に手をとってありたちは働いた。
「寒い冬に備えて、食べ物をたくさん貯めておかないと」
真夏の太陽の下では真っ黒に日焼けするまで仕事をし、
秋の心地よい空を仰ぐことも無く仕事をした。

きりぎりすが生まれると、パステルの光に感動して思わず喜びの曲を奏でた。
花が咲き始めるとなおいっそう喜びを奏で、
長雨の折もしっとりと情感を込めて奏でた。
「今の気持ちを表現せずにはいられない。少しの葉っぱと朝露があれば何も要らない」
森に青葉が繁茂するころはその生命力に賛歌を奏で、
秋の澄んだ空を仰ぎながら天に届けと清らかなメロディーを奏でた。

やがて冬が来て。
ありたちは自分達の巣で有り余る食料に囲まれて過ごした。
一方きりぎりすは曲を奏でる元気も無く、枯葉の陰で震えていた。
「ああ。楽しかった。でももう少し生きていられればよかった。
この枯葉の布団を、次の風が運んだとき僕はきっと土くれになる。」
そう思ったとき、ぴゅうっと吹いた風が枯葉を舞い上がらせた。
こうしてきりぎりすはこの世から姿を消した。

ありたちはせっせと働いて、何回もの冬を過ごして繁栄していった。
ところが、ありたちは次第に「何のために僕たちは生きているのだろう?」
と疑問を持つようになった。
その疑問が強くなればなるほど、
昔きりぎりすという生き物がいたことを思い出すことが多くなってきた。
「きりぎりすは短い生涯だったけど、本当に幸せそうだった。」
古老のありから若者のありに伝承されるにつれて、
きりぎりすの生涯はありたちの憧れるところとなった。
こうしてきりぎりすは神格化されて、ありたちは怠け者になっていった。

冷たい夜露にぬれながら、最後の一匹になったありがこう言った。
「ああ。
あのきりぎりすの伝承さえなければ、
僕は今頃暖かな巣の中で十分な食べ物に恵まれて、
仲間達と次の春を迎えることができただろう。
でもそんなことにどんな意味があるというのだろう?
脇目も振らずにただ”生き延びるために生きる”なんて真っ平だ。
でもなんて儚いんだろう?
あのお月様が地平についたとき、僕の胸を貫いて息絶える事だろう。
さて?何が幸いだか本当にわからない。
せめて僕の胸を切り裂く短剣があんなに綺麗な三日月なのが救いだな。」
思った刹那、三日月が地平についた。
こうしてこの世からありもきりぎりすも消えた。
月明かりが消えた大地に、今夜も星々が光をそそいだ。
posted by はまべせいや at 16:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 季語に思う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今は ありの生き方しか出来ないけれど
いつかは きりぎりすのような生き方をしてみたい

けれど やっぱりありは ありでしかなく
きりぎりすには 成りきれなくて
恨み言を 誰にともなく呟いて
生涯終えてしまうんだろな・・

と、自分自身 非常に身につまされるような
それでいて とても綺麗な終わり方に
それはそれでいっかと 心も軽くなるような・・
読んでいて とても面白かったです^^

Posted by うさこ at 2005年10月11日 17:37
きりぎりすみたいな生き方に憧れて。
でもそれだけじゃいけないと思う自分がいて。
ありみたいな生き方をして。
でもそれだけじゃ足りないなと思う自分がいて。
そして、儚い自分の生がある。

そんなことお構いなしに季節はめぐり、
天体も運行を続ける。
「さて?何が幸いだか本当にわからない。」
ありが最期に言ったこの言葉が私の本心で。
ただ一つだけ思うのは、
今こうして自分が呼吸しているということは、
本当に驚くべきことじゃないかな?ということ。

この話には教訓も何もありません。
誰かが何かを考えるきっかけになれば。
私はそれだけでこの上なく幸せです。
Posted by せいや at 2005年10月11日 19:15
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