2010年06月09日

花火の後に

村の広場のはずれ。見世物小屋も夜店も途切れて、ここらで引き返そうかと思ったら呼び止める声。「おや、これはこれは。どうですか。楽しい迷路ですよ。今日始めてのお客さんだから、特別にお金は要りません。」そういうとおじさんが無理やりぼくの手に半分ちぎった券を握らせて小屋に押し込んだ。
前を見ても後ろを見ても、右を見ても左を見ても。ぼく、ぼく、ぼく・・・。ぼくは無数の“ぼく”に囲まれている。やみ雲に進もうとすると、冷たいぼくが目の前に寄って壁になる。これは一体どういうこと。左の手の平で額の辺りを押さえて、しゃがみこむ。そのまま床に尻餅をつくかと思ったら、右の二の腕が何やら冷たいものにぺたりとくっついて踏みとどまった。反射的に振り向いて見るとぼくの顔。しばらく考えて、ようやく合点がいった。そうか、あたり一面鏡に囲まれた部屋に入れられたのだ、と。
ゆっくりと立ち上がって指先で鏡の面をたどってゆく。すると、すっと指先が空を切った。どうやらそこは鏡がないらしい。なるほど少し落ち着いた目で見るとそこにいる“ぼく”は、次の鏡の小部屋に映っているぼくだった。次の小部屋もあたり一面鏡に囲まれていたが、一箇所だけ次の小部屋に通り抜けられるようになっていた。そうか確か「楽しい迷路」と言っていた。ぼくの頭の中に蜂の巣が思い浮かんだ。鏡が壁になっている蜂の巣状になっていて、小部屋の一面だけが次の小部屋に通り抜けられるようになっているんだ。
状況が分かって気分が落ち着いた。後は一つ一つの小部屋を通り抜けていけば、そのうち“蜂の巣”の外に出られるだろう。指先で鏡の壁をたどりながら、その指先が空を切ったところで次の部屋に通り抜けていった。四つ、五つ、六つの小部屋を通り抜け。もう十や二十くらいの小部屋を通り抜けたろうか。まだまだ。一体いくつの小部屋を通り抜ければ出られるのか。さっきから村の広場のはずれからはずれまでを歩くくらいはとっくに進んでいるはずなのに。
不安になるにつれて歩くのが速くなり。そして指先で壁をたどるのももどかしく。ぼくはやみ雲にあっちへ進み、こっちへ進み。次の部屋に進めることもあれば、でもそれは幸運で、(もしかしたら戻ってる)。大抵は“ぼく”にぶつかり後ずさり。前を見ても後ろを見ても、右を見ても左を見ても。ぼく、ぼく、ぼく・・・。頭のなかも、ぼく、ぼく、ぼく・・・。重い、重い、押しつぶされそう。とうとうぼくは、へたれ込んで気を失った。
ドーン、バチバチバチ。祭りの最後を飾る花火の音が聞こえた。ドーン、バチバチバチ。今度の花火はしっかりと大輪を咲かせるところを見た。夜風がほてったぼくのほおを撫でている。一体なぜ広場からこんなにはずれたさびしいところで寝転んでいるのか。とっさに思い出せなかった。今年の祭りはみんなとはぐれてから、なんとなく終わっちゃったな。そんなことを思いながら家路に着いた。
次の日の朝、昨夜穿いて脱ぎっぱなしだったズボンのポケットに小銭入れを入れたままっだたのを思い出して、ポケットに手を突っ込んだ。ポケットから出てきたのは小銭入れと小さな紙片。その紙片には「ようこそ宇宙へ」と書かれ、そして嫌な感じの老人の顔が描かれていた。ただ描かれているのではなく、小さな老人の顔に陰影がつけられて、それが集まって大きな老人の顔になっていた。小さな老人の顔はさらに細かい老人の顔様のドットからなっているようだった。ぼくはその紙片が直感的に忌まわしいもののように思えて破り捨てた。
その後思春期になり、ぼくは文庫本の「ファウスト」を手にした。その表紙の口絵に何やら老人が。あっ、思わず文庫本を落としそうになった。翌朝見た半券に描かれた老人の顔。子供のころの祭の夜のことの一切を思い出した。とりわけ鮮明に思い出したのは、花火が散った後に輝く星屑が妙に近くに見えて、そして妙な浮遊感を感じていたことだった。

posted by はまべせいや at 05:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 黒の部屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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