2010年05月15日

感傷

生活するということは生きるということを消費して成り立っている。私が妻に対して恨み言めいたことを言うとしたら、煎じ詰めたところこの点に尽きる。だがそれを感傷と言われれば、反論の余地はない。さて、“私”を“男”に、“妻”を“女”に、置き換えられるだろうか。

posted by はまべせいや at 04:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 「K氏」をたどる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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