2005年12月26日

冬の蝶(ふゆのちょう)

冬だというのに蝶が舞っている。
冬枯れの雑木林のなかを、いかにも頼りなげに。
常緑の樹冠からもれるひざしのつくりだした手品だろうか?
それとも可憐なうす紫の花が風に揺れているのを見間違えたのだろうか?
冬の蝶の記憶はこれまでにもあったのは確かである。
でもその記憶はついこの間まで私にとっては、
幻を見たという記憶に過ぎなかった。

春先に卵からかえった蝶の幼虫が成長して蛹となり蝶となり、
そして冬の来る前には卵を産み落として死に絶えてしまう。
私はそういうものだと思い込んでいた。
でもある日(比較的最近のことであるが)蝶の姿で越冬する種類もいるということを知った。

雑木林の中を歩いていて冬の蝶が舞っているのを見たのは、
このことを知ってから少ししてのことである。
蜆蝶という種類の蝶だろう。
大きさも羽の形も蜆に似ていて、
白といっても差し支えないくらいに淡い紫色をしていて、
小春の頃というには過ぎてしまったが、
風もなく日当たりのいい雑木林の下草の上を舞っている姿は
なおいっそう冬の日差しのほんのりとした暖かさを感じさせる。

やい。
君は日差しの暖かさに騙されて、冬だというのに浮かれまわっているな。
頼りなげで、儚げで、危なっかしいなあ。
そう声を掛けたくなる。

蝶のほうも私に何か言いたげである。
君だって僕が蝶の姿で越冬するのを知っていなかったら、
僕を幻かなんかだと思っていたんだろう?
君はなんて迂闊なやつなんだい?
僕は冬の眠りから、日差しを感じて自分の意思で目覚めた。
そして再び木陰で冬の眠りに入るのも、自分の意思でやるんだよ。
でも君は気がついたらこの世に生まれていて、
そしてこの世から退場するときも自分の意思で退場するんじゃないんだろう?
君の一生は冬に目覚める僕ら蝶よりも頼りなげで、危なっかしいんじゃないの?
こうして僕らが満喫しているあのお日様。
お日様に比べれば君も僕もなんとも儚いじゃないか。

でも。
蝶君。君は本当に幻じゃないのかい?
君とこうして歩いていると、
この大地もお日様も宇宙もすべて一切のものが
僕の心の中にあるような気がしてきた。
この宇宙にたった一つの意識。
意識のなかにたった一つの宇宙。
何もかもが

まる.jpg

に含まれる。
posted by はまべせいや at 17:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 季語に思う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まぁるいお月さんから ひょっこりこんばんは。
ひらひら蝶々じゃなくて ごめんなさいです〜(笑)

せいやさん、今年はいろんなお話 聞かせてくれて
ありがとうございました。
また来年も どんな話が聞けるのか
楽しみにしています。
良いお年を お迎えください。^^
Posted by うさこ at 2005年12月29日 23:31
えっ。お月様から?
それは大変だね。
今はもうだいぶ細くなっちゃって、
大晦日にはなくなっちゃうって云うのに!

今年は私の”お話”に付き合ってくれてありがとうございました。
冬の蝶の話はちょっと現実離れしてる感じがするけど、
私が体験して感じたことそのままです。
冬の里山に一人。
冬の蝶を見つけて、
視覚・聴覚などよりも自分の意識のほうがずっと確実で、
この世界はすべて自分の意識のなかに含まれるんじゃないか?
そんなことを思って。
その感覚を伝えたかったのです。

あっ。すべてが意識のなかにあるというのなら。
大晦日になってもお月様はなくならないね。

本当に本年はありがとうございました。
良いお年をお迎えくださいませ。
お月様でごゆっくり。

Posted by せいや at 2005年12月30日 05:09
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