2010年07月28日

写し絵

彼女はよく占いをやった。はじめは興味がなかったぼくも、いつのまにか目の前でやる彼女の占いを手伝ったりするようになっていた。
彼女が墨を磨る。その墨を筆の先につけると、水に垂らした。その水面にぼくが紙を張り、水面にできた墨の複雑な模様を写し取る。紙を水面からはがして反転させて、古新聞の上に引き伸ばす。
「あっ、おおいぬよ。」
「あっ、おおぐまだ。」
彼女がつぶやくと同時にぼくもつぶやいた。今まで彼女の見立てに口を挟んだことはなかったが、つい口をついた。はじめて二人で旅行するのにどこが良いかという占いだった。
「これはおおいぬね。しっぽの伸びた感じも、耳が垂れた感じもいぬだわ。だから南の方に行くのがいいわね。」彼女はぼくが言葉を発したことに少し驚いたようだったが、構わぬようにそう言った。
ぼくのつぶやきをまるで無視するかのように言葉を継いだ彼女に少し気に障ったのと、からかってやろうかなという思いが入り混じって、「これはどう見てもおおぐまだよ。がっしりとした前足の感じもそうだし、きみがしっぽに見えると言ってるところも、ほらっお尻の輪郭の一部だよ。だから北の方に行くのがいいな。」ぼくは言った。
「あらっこれはやっぱりおおいぬだわ。それにどうしておおぐまだから北なの。」そう言った彼女の言葉には、ぼくが占いに口を挟んだことが気に障ったのか、語尾に詰問調がこもっていた。
「おおぐま座は北極星を指してるじゃないか。だからおおいぬが現れたということは、きっと北がいいという意味だよ。」彼女の詰問調にあわせて、ぼくも向きになった風にそう答えた。
「あらっおおぐま座なんて夏の暑い盛りの花火大会の花火の合間なんかに見るものだわ。だからおおぐまだから北じゃなくて、おおぐまだから暑いところに行くっていう意味よ。」彼女の言葉に熱が入ってきた。
「へぇきみは、おおいぬじゃなくておおぐまだって認めたんだね。それに、そのうえでおおぐまだから暑いところに行くのがいいなんて屁理屈捏ねて。」ほんとうの気持とは裏腹に、彼女をとにかく言い負かせてやろうという気になってきた。
「あらっ私は仮におおぐまだとしても、暑い南の方がいいと言っただけよ。あくまでもおおいぬだから南なのには変わりないわ。」彼女も後には引けないという感じでそう言った。
「きみの言い方からするとおおいぬだから寒い北の方ということにもならないかい。おおいぬ座は寒い冬の帰り道なんかにぶるぶる震えながら探すものだよ。」ぼくも後には引けない。
「あんまり言いたくはなかったけど。確かみなちゃんも北の方に旅するって言ってたわよね。一日だけフリーで歩き回ってどんな写真が撮れるか競争しようなんて言ってたけど。どんなことがあっても北の方がいいなんて、もしかして何かあるのかなぁ。」彼女の言葉にはトゲが含まれ、そして目には探るような感じが含まれていた。
「何を言い出すんだよ。言っていいことと悪いことがあるぞ。それなら俺も言うけど、きみだってよしおが南の方にアルバイトに行くという話しを熱心に聞いてたし、写真で競う話も乗り気だったじゃないか。きみの結論は、占いなんかしなくても、はじめから南だったんだ。」ぼくは言い放った。
「あらひどいわ、謝って。」
「きみこそ、謝れよ。」
「あなたこそ。」「きみこそ。」
「あなたこそ。」「きみこそ。」
それきり旅行の話は中止となって、二人は不機嫌なまま分かれた。
その後何度か二人で会うこともあったが、会話は通り一遍のことに終始して、会う間隔も次第に長くなり、いつの間にか彼女はぼくでもないよしおでもない、他の男子学生とキャンパスを歩くようになっていた。

posted by はまべせいや at 05:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 黒の部屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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