2010年03月31日

りんごに見える

ぶらりぶらりと散歩の帰り。もうかなり暗くなり始めていた。昼でも薄暗い高架の下に通りかかった。目の前を黒い影が横切るのに気が付いたのは遅かった。肩と肩が触れ合った。「あっ、すいません。」とぼくが言うのと、「いや、失敬。お互いに気を付けないと。よく見ないとね。」と相手が言うのとほとんど同時だった。そして相手はさらに言葉を継いだ。「まあ、こう肩が触れ合ったのも何かの縁だ。このりんごを君に差し上げよう。今度逢ったら、このりんごを目の前にして目を凝らして見えたもの、目を瞑って見えたものを教えてくれないかい。」そう一方的に言うと唖然としているぼくに一個のりんごを押し付けてそのまま薄暗い闇の中に消えてしまった。
そのりんごは蜜に満たされて、その蜜が染み出して。その後は萎みだして、今ではすっかりしわくちゃになって干からびて書棚の皿の上に置いてある。あのとき逢った黒い影氏とはあれ以来まったく逢わない。でも彼の言葉の通り、思い出してはりんごを目の前にして目を凝らしたり、目を瞑ったり。今では目を凝らして見えるもの、目を瞑って見えるものが確かにあるようだと。そんなことを考えている。そして黒い影氏には、もうそのことを話したような気がしている。

posted by はまべせいや at 04:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 黒の部屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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