2010年01月20日

ともだち

裏山で遊ぶのが好きだった。獣道のような細い道を登って、お宮の裏手から少し道をはずれて一段と高いけやきの木を目指して歩く。するとそこには小さな池があって、そしてぼくと同い年くらいの少年が遊んでいるのだった。その少年は物知りでいろいろな遊びを教えてくれた。暑い夏なのに不思議と冷たくてのどを潤してくれる草とか、落ち葉をひっくり返して遊ぶゲームとか、クワガタがたくさん取れる洞とか、絶対に近づいてはいけない洞とか、雲のかたちや風の向きや匂いで天気を知る方法とか、木の上でゆったりと横になる方法とか。数え上げればきりがなく、その少年と遊んでいると瞬く間に二番星、三番星の時間を過ぎて、家につくころにはもう数え切れない星が輝いている時間になっていた。

勉強もしないですぐに遊びに行ってしまう。学校の友達と遊んでいるのでもなさそう。帰ってくるのはいつも無数の星が瞬く時間。家業に追われて忙しかった母もさすがに不審に思ったようだ。ある日ぼくがランドセルを置いて裏山に出かけようとすると母は言った。「待ちなさい。学校から帰るといつもすぐに遊びに出かけて、遅くなるまで帰らないんだから。いつもどこでなにをやっているの。」「裏山で友達と遊んでいるんだ。」ぼくは答えた。「友達って、隣のあきちゃん、それとも時計屋のしんちゃん。」さらに聞いてくる母に「ううん。近所や学校では見かけない子。きっと隣の小学校の子だよ。」と答えた。母はなにやら考えた後「今日はその子に会ってみたいから、お母さんも連れてって。」そう言った。

いつものお宮の裏手からけやきの木を目指して歩いていった。そろそろ着くはず。そう思ったらさっき後にしたお宮が見えてきた。あれっ、道を間違えたかな。もう一度けやきの気を目指して歩いていった。もうそろそろと思ったら、あれっ、やっぱりお宮が見えてきた。もう一度。もう一度・・・。何回お宮を出てお宮に帰ってきたのか。ぼくも母も疲れ果ててしまった。ついに母は怒り出した「けやきの木のそばの池なんて全然ないじゃない。男の子も見つからないし。もういいわ。とにかくいつもこの山で一人で遊んでいるのね。」そう言うなり帰ってしまった。母が帰った後もぼくはなんとか少年に逢おうと歩いたけれど、暗くなるまでいくら歩いても同じところを廻っているだけのようだった。

あくる日、ぼくは家に帰るとそっとランドセルを置いて、家族に見つからないように一目散に裏山に駆けて行った。いつものお宮の裏手からけやきの木を目指して歩いていくと、果たして池のほとりに少年が佇んでいた。けれどもいつもと違う。なんだかしょんぼりした感じで、うつむいて、きらきら輝く池の水面をじっと見つめていた。いつもはぼくの足音を聞いただけで駆け寄ってくるのに。少年の肩に手を掛けると、はっと気が付いたようにぼくを見つめた。そしてこう言った「ごめん。ぼく遠くに行かないといけないんだ。でもそれはほんとうに遠いところじゃなくて、ほんとうはとっても近いところなんだ。でもやっぱりきみには、もうぼくは見えないんだ。」言っていることが分からなかった。なにも言葉を返せずにぼくは少年の目を覗き込んだ。涙に滲む少年の目にぼくが映っていた。ぼくの涙には少年が映っていた。交互に見比べた。どっちがどっちか分からなくなった。混乱した。そして、すっと少年の涙が消えたかと思うと、目の前にきらきらと池の水面が輝いていた。眩しい。そう思ったところで目が覚めた。

夜明け前。まだみんな寝ていた。ぼくは寝床を抜け出すと、パジャマのまま突っ掛けを履くと、けやきの木を目指した。月明かりにまばゆいばかりにきらきらと池の水面が輝いていた。どこからか声が聞こえた。「やっぱりきみは来たんだね。この輝きはずっときみのものだからね。」少年の姿は見えず、声もそれっきり。あたりは次第に明るくなって、池の輝きは周りの光にとけこんでいった。朝の鐘が鳴った。みんなが起きる前に帰らないと。ぼくは家に帰るとまた寝床にもぐりこんだ。

それ以来ぼくは家に帰ってから少しだけ勉強をやるようになった。隣のあきちゃん、時計屋のしんちゃんと遊ぶようになった。あのお宮の近くで。池のほとりのけやきの木にはたどり着けなくなった。あの少年には・・・。だけど月明かりに照らされた池の輝きは“残って”いる。いまだにぼくの一番の話し相手。

posted by はまべせいや at 04:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 黒の部屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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